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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)6371号 判決

原告 中根揖

〈ほか一名〉

右訴訟代理人弁護士 斉藤洋

同 打田正俊

右斉藤洋訴訟復代理人弁護士 河合良房

被告 第一生命保険相互会社

右代表者代表取締役 牧山公郎

右訴訟代理人弁護士 中村敏夫

同 山近道宣

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告ら各自に対し、それぞれ金一八一一万五八三五円及びこれに対する昭和五三年七月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の申立

主文と同旨。

2  本案の申立

(一) 原告らの請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らの訴外有限会社愛知宝運輸(以下「訴外会社」という。)に対する損害賠償請求権

(一) 原告らは訴外中根喜久男(以下「喜久男」という。)の両親であり、喜久男は運送を業とする訴外会社との間に、昭和五三年五月ころ雇傭契約を締結し、運転助手として同社の業務に従事していた。

(二) 訴外会社は、昭和五〇年ごろから、代表取締役の訴外長崎正恭(以下「正恭」という。)が闇金融に手を出したため、融通手形不渡による不良債権が累積(昭和五三年八月当時約三億円に達した。)し、昭和五二年ころから資金繰りに窮するようになったので、正恭は喜久男を含む訴外会社従業員を被保険者、同会社を保険金受取人とする生命保険契約を締結した上、従業員を殺害し、右保険金を詐取して訴外会社の資金繰りに充てようと考え、昭和五三年七月一日、被告、日本生命保険相互会社ほか一社の生命保険会社との間で、喜久男を含む多数の訴外会社従業員をそれぞれ被保険者とし、訴外会社を保険契約者兼保険金受取人とする保険金額合計七〇〇〇万円(災害死亡の場合は金九四〇〇万円)の生命保険契約を締結した。そして、正恭は、訴外会社取締役長崎弘和(以下「弘和」という。)同小谷良樹(以下「小谷」という。)、同会社従業員中村悟(以下「中村」という。)と共謀の上、同月三〇日、喜久男を同社従業員慰安旅行の名目で、愛知県渥美郡渥美町の新江比間海水浴場に連れ出し、同人をボートに乗せて、沖合に至り、同人を海中に沈めて溺死させて殺害した、その後、訴外会社は同年一〇月九日ころまでの間に前記保険会社三社から保険金合計金一億〇〇六五万余円の支払を受けた。

右殺害により、喜久男及び原告らは後記(五)の損害を被った。

(三) 訴外会社の不法行為責任

(1) 民法七〇九条による責任

法人も、自然人同様社会的実在であり、法人それ自体の不法行為により他に損害を与えたときは不法行為責任を負う。そして、右(二)の正恭らの一連の行為は、次のとおり、その主体、動機、客体、機会、反復継続性からして訴外会社そのものの不法行為と評価すべきものであるから、訴外会社は、民法七〇九条に基づき、後記(五)の損害につき喜久男及び原告らに対しこれを賠償すべき義務を負ったものである。

(ア) 右(二)の一連の行為を計画実行した主体は、訴外会社の代表取締役正恭、取締役弘和、同小谷ら右会社の実質的経営陣の全員及び同会社従業員中村であり、喜久男の殺害は訴外会社の会社ぐるみの行為である。

(イ) 右(二)の行為は、訴外会社の営業資金を捻出し、同会社の存続を図るために計画実行されたものであり、現に同会社が喜久男殺害により受領した約一億円の生命保険金もその大部分が営業資金として使用されている。

(ウ) 右(二)の行為の犠牲者たる喜久男は訴外会社の従業員であり、同会社の上司である正恭らの業務命令ないしこれに準ずる指示に服さなければならない立場にあった。

(エ) 喜久男の殺害は訴外会社の従業員慰安旅行の際になされたのであるが、会社の慰安旅行は経営者の意思で半ば強制的に参加させられているのが実態であり、喜久男も当初参加することに気乗り薄であったのに正恭らの働きかけによって参加したものであって、右殺害は、訴外会社の事業活動に準ずべき業務執行に密接な関連を有する機会になされたものである。

加えて、右行為の計画、準備、保険契約締結、保険金受領はすべて訴外会社事務所でなされており、その一部は同会社の営業時間内に行われている。

(オ) 正恭は、訴外会社の営業資金捻出のため反復継続して保険金詐取のため殺人事件を行うことを計画し、取締役である弘和及び小谷に対し、事業資金捻出のため年間二人位ずつ殺害していく方針である旨打ち明けて周知徹底させ、喜久男の殺害以前にも、宅島孝雄らと共謀の上、訴外粟屋静夫、同杉浦一造に生命保険をかけてその殺害を図り、右粟屋についてはその目的を遂げなかったものの、杉浦については昭和五二年一〇月二日殺害に成功し合計金一億三八九一万余円の保険金を受領し、その大部分を訴外会社の営業資金として使用しており、喜久男殺害に際しても、訴外会社全従業員を被保険者とし、訴外会社を保険契約者兼保険金受取人とする生命保険契約を締結した上、喜久男を犠牲者に選んでおり、以後においても反復継続することが予定されていたものである。

(2) 有限会社法三二条、商法七八条二項、民法四四条一項による責任

喜久男の殺害は、訴外会社代表取締役であった正恭が中心となって計画し、同会社の他の取締役、従業員を指揮して実行したものであり、訴外会社の代表機関による不法行為である。そして、右(1)(ア)ないし(オ)の点からして右不法行為は訴外会社の業務遂行のために行われ、その業務と密接な関連を有するものであって、正恭がその職務を行うにつきしたものというべきであるから、訴外会社は有限会社法三二条、商法七八条二項、民法四四条一項に基づき後記(五)の損害につき、喜久男及び原告らに対しこれを賠償すべき義務を負ったものである。

(3) 民法七一五条一項による責任

喜久男の殺害は、訴外会社の取締役であった弘和及び小谷と同会社の従業員であった中村が共同してした訴外会社の被用者による不法行為である。そして、右不法行為は右(2)同様、訴外会社の事業の執行につきなされたものといえるから、訴外会社は民法七一五条一項に基づき、右弘和らの使用者として、後記(五)の損害につき喜久男及び原告らに対し、これを賠償すべき義務を負ったものである。

(四) 訴外会社の債務不履行責任

訴外会社は、喜久男に対し、同人との間の雇傭契約上、その業務執行に関連して喜久男の生命・身体等に生ずる危険から同人を保護すべき安全保証ないし安全保護義務を負っていたところ、右義務に違反して、訴外会社の営業資金捻出のため、使用者が労働者に対し指揮命令等により影響力を行使し得る機会である慰安旅行の際に、故意に喜久男を殺害した。したがって、訴外会社は、右契約上の安全保証ないし安全保護義務違反に基づく損害賠償として、喜久男及び原告らに対し後記(五)の損害を賠償すべき義務を負ったものである。

《以下事実省略》

理由

一  まず原告らの訴外会社に対する損害賠償請求権の成否について判断する。

(一)  訴外会社が運送を業とする会社であり、喜久男がその従業員であったこと、訴外会社の代表取締役であった正恭が昭和五〇年ごろから闇金融を始めたこと、同人が以前にも宅島孝雄らと共謀の上、粟屋静夫、杉浦一造に生命保険をかけてその殺害を図り、粟屋についてはその目的を遂げなかったものの、杉浦についてはその殺害を遂げ、保険金を受領したこと、正恭が、喜久男を含む訴外会社従業員多数を被保険者、同会社を保険金受取人とする生命保険契約を締結した上、従業員を殺害して保険金を詐取しようと計画し、昭和五三年七月一日被告、日本生命保険相互会社ほか一社の生命保険会社との間で、喜久男を含む多数の従業員をそれぞれ被保険者とし、訴外会社を保険契約者兼保険金受取人とする生命保険契約を締結したこと、その後、正恭が他の者と共謀して喜久男を殺害し、訴外会社が、被告ら保険会社三社から少なくとも合計一億〇〇六五万〇一四六円の保険金の支払を受けたことは当事者間に争いがない。

(二)  《証拠省略》によれば、以下の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(1)  正恭は、昭和四七年六月ころ実兄の弘和らと共に貨物自動車運送を業とする訴外会社を設立し、その代表取締役として同社の経営に当たってきたが、昭和五〇年ごろから、正恭が手形割引等の闇金融に手を出したりしたため、訴外会社は、欠損が累積し、営業資金などに窮するようになった。

(2)  そこで、正恭は、昭和五二年六月ころ、同様に多額の負債に苦しんでいた知合いの暴力団宅島組組長宅島孝雄及びその配下らと共謀し、宅島に不渡手形を持ち込んだ粟屋静夫に生命保険を掛け、事故に見せかけて同人を殺害し保険金を詐取することを企て、同人を被保険者とし、保険金受取人を正恭の知人とする死亡保険金合計一億一〇〇〇万円(災害割増一〇〇〇万円)の生命保険契約を締結した上、同年八月から九月にかけて二度にわたり右粟屋を殺害しようとしたが、同人に傷害を負わせたのみで目的を達することができなかった。

(3)  更に、正恭、右宅島らは、同月ころ、正恭が多額の融資をしている杉浦一造についても、同様に保険金詐取のための殺人を共謀し、被保険者を同人とし、保険金受取人を正恭及び訴外会社とする死亡保険金合計一億三〇〇〇万円(災害割増八〇〇〇万円)の生命保険契約を締結した上、弘和も右計画に加えて、同年一〇月一日右杉浦の殺害を図って失敗し、弘和が右計画から離脱した後、同月三日、その殺害を遂げ、昭和五三年六月、合計約一億三四九〇万円の保険金を受領した。右保険金は、訴外会社の当座預金口座に入金され、その一部は同会社の運転資金として使われ、宅島ら共犯者に対しては、正恭から右のうち約三九〇〇万円が報酬として支払われた。

(4)  その後、正恭は、更に訴外会社の営業資金を得るため、前記のように、同会社の従業員に保険を掛けて殺害し保険金を詐取しようと考え、被告ら生命保険会社三社との間で、喜久男を含む同会社の従業員二五名をそれぞれ被保険者とする死亡保険金合計七〇〇〇万円(災害割増二四〇〇万円。被告については死亡保険金三〇〇〇万円)の生命保険契約を締結した。そして、正恭は、殺害する従業員を同年春ころ訴外会社に雇傭された喜久男と決め、同会社の代表権を有しない取締役であった弘和、同小谷、従業員の中村に各自五〇〇万円等の報酬を約束して右計画に賛成させた上、共謀して、昭和五三年七月三〇日、喜久男を訴外会社従業員慰安旅行の名目で愛知県渥美郡渥美町の新江比間海水浴場に連れ出し、正恭、小谷、中村が喜久男を海中に引きずりこんで溺死させた。

そして、正恭は、喜久男が事故死したように装い、同年八月、被告ら生命保険会社三社に対し、喜久男の死亡についての保険金請求手続をし、同年一〇月から一一月にかけて右三社から合計金一億〇〇六五万〇一四六円(被告からは過収保険料払戻分八七〇〇円を含め、金三〇一六万六五七〇円)の保険金の交付を受けた。弘和は正恭から右の報酬として金一八〇万円を受領した。

(三)  訴外会社自体の民法七〇九条による不法行為責任について

原告らは、喜久男の殺害は訴外会社そのものの不法行為であり、同会社は民法七〇九条により直接不法行為責任を負う旨主張する。

しかし、民法は不法行為についての一般的規定である七〇九条とは別に、特に法人の不法行為責任についての規定として四四条を設け、代表機関以外の企業構成員による不法行為については七一五条に使用者責任の規定を置いている。したがって、訴外会社のような有限会社においては、代表権を有する取締役がその職務を行うにつき故意又は過失により他人に違法に損害を与えたときは、有限会社法三二条、商法七八条二項によって準用される民法四四条一項により会社が損害賠償責任を負い、右取締役以外の会社の被用者が、会社の業務の執行につき故意又は過失により他人に違法に損害を与えたときは、民法七一五条一項により会社が損害賠償責任を負うのである。そして、民法七〇九条における故意、過失は元来自然人の精神的容態を意味するものである上、民法四四条一項、七一五条一項のいずれの規定にしろ、自然人について右七〇九条所定の不法行為の要件が具備されていることを前提として、更に右四四条一項又は七一五条一項所定の要件が充足される場合に法人の損害賠償責任を認めているのであり、しかも、右四四条一項と七一五条一項とは別個の要件を規定しているのである。また、原告ら主張のように、法人自体について民法七〇九条の直接適用を考えることは、法人そのものについて故意、過失を論じ得るかという点で問題があるのみならず、何をもって法人の故意、過失とするか、どのような場合に「法人そのものの行為」を認めるかについて明確を欠き、更に、民法四四条一項又は七一五条一項の規定をまたずに、民法七〇九条そのものにより法人の不法行為責任を認め得るとするならば、法が直接の行為者について民法七〇九条所定の要件の充足を求めた上に同法四四条一項又は七一五条一項において別個の要件を規定していることとの関係をどのように理解すべきかが問題となる。

以上のような点からすれば、現行法上、法人について不法行為に基づく損害賠償責任を肯定するには、民法四四条一項又は七一五条一項のいずれかの規定を介する必要があると解すべきであり、法人自体について直接民法七〇九条の適用があるとする主張は採り得ないものというべきである。

したがって、原告らが、喜久男の死亡につき、訴外会社に対し、民法七〇九条に基づく損害賠償請求権を有する旨の原告らの主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

(四)  訴外会社の民法四四条一項による不法行為責任について

次に、原告らの訴外会社が正恭の喜久男殺害について有限会社法三二条、商法七八条二項によって準用される民法四四条一項の規定により不法行為責任を負う旨の主張について判断する。

前記のところから、正恭が喜久男の殺害について民法七〇九条により不法行為責任を負うことは明らかである。

また、前記のとおり、喜久男の殺害は、訴外会社の代表取締役である正恭が中心となって行ったものであり、正恭においては、喜久男の殺害は、訴外会社の営業資金を捻出するための保険金の詐取を目的としたものである上、前記(二)認定の事実からすれば、喜久男の殺害によって入手した保険金は、正恭が主として訴外会社の営業資金に使用したものであることが推認され、また、右殺害を行ったのは正恭のほか訴外会社の取締役及び従業員であり、それが実行されたのは訴外会社の従業員慰安旅行の機会であり、《証拠省略》によれば右殺害の計画、共謀がなされたのも訴外会社の事務所内であることが認められる。

そして、会社の代表取締役の行為が、有限会社法三二条ないし商法七八条二項によって準用される民法四四条一項にいう代表取締役の職務を行うにつきしたものと認められるためには、その行為が、外形上代表取締役の職務行為と認められる場合であるか、代表取締役の本来の職務行為を契機とし、これと密接な関連を有する行為と認められる場合であることを要する。しかし、殺害行為そのものが、外形上訴外会社の代表取締役である正恭の職務行為に当たらないことはいうまでもないところであり、会社の営業資金を捻出することそのことは代表取締役の職務の内容に属する事柄ではあるが、保険金詐取の目的で従業員を殺害するという行為は、それが会社の営業資金獲得の目的をもってなされたとしても明白な犯罪行為であり、会社の社会的活動として全く許容される余地のないものであって、外形上も、到底代表取締役の職務行為と目することはできないものであるのみならず、それが、前記のように、代表取締役が中心となり、訴外会社の取締役及び従業員によってなされ、その計画、共謀も同会社の事務所内で行われ、会社の行事である従業員慰安旅行の機会に実行されたという事情があるとしても、訴外会社の代表取締役の本来の職務行為を契機としてなされたこれと密接な関連を有する行為とは到底見ることはできず、喜久男の殺害によって得られた保険金の大部分が訴外会社の利得に帰しているとしても、喜久男の殺害をもって、訴外会社の代表取締役としての正恭の職務を行うにつきなされたものということはできないというべきである。

したがってこの点についての原告らの主張は理由がない。

(五)  訴外会社の民法七一五条一項による使用者責任について

原告らの訴外会社は弘和、小谷、中村のした喜久男の殺害について民法七一五条一項により使用者責任を負う旨の主張について判断する。

前記のとおり、弘和及び小谷は訴外会社の取締役であるが代表権を有せず、中村は同会社の従業員であるからいずれも訴外会社の被用者であり、同人らのした喜久男の殺害が民法七〇九条の不法行為に該当することは明らかであるが、被用者のした不法行為が民法七一五条一項にいう使用者の事業の執行についてしたものと認められるには、前記民法四四条一項の場合と同様、その行為が外形上使用者の事業の執行行為と認められるか、本来の使用者の事業の執行行為を契機とし、これと密接な関連を有する行為と認められる場合であることが必要である。しかし、殺害行為そのものが、外形上も訴外会社の事業の執行行為といい得ないことはもちろんである。そして、喜久男を殺害し、保険金を詐取するについて、正恭自身の目的は訴外会社の営業資金を獲得することにあったものの、《証拠省略》によれば、弘和、小谷及び中村が正恭から喜久男の殺害の計画を持ち掛けられて賛成したのは、訴外会社においては正恭が優越的、支配的立場にあったため正恭の誘いを断り切れなかったことと正恭が右殺害についての報酬を約束したことによるものであることがうかがわれるから、右弘和らにおいては、訴外会社の営業資金獲得のみが喜久男殺害の動機であったとは認められないが、右弘和らは、正恭が訴外会社の営業資金獲得のために喜久男の殺害を計画していることを知りつつ、喜久男の殺害行為に加功し、共同してこれを行ったものである。しかし、保険金詐取の目的で人を殺害する行為は、会社の営業資金獲得のためになされるものであっても、会社の社会的活動として全く許容される余地のないものであるから、外形上も会社の事業の執行行為と見ることができないことはやはり同様であり、右弘和ら被用者が、喜久男の殺害に加わったのは、訴外会社の代表取締役である正恭の優越的、支配的立場を背景とする働き掛けによるものであり、その計画、共謀が訴外会社事務所内でなされ、その殺害が同会社の行事である従業員慰安旅行の機会に実行されたという事情があるとしても、喜久男の殺害は、訴外会社の本来の事業の執行行為を契機とするこれと密接な関連を有する行為に当たるとは到底見ることができず、右殺害によって得られる利益の大部分が訴外会社の利得に帰しているとしても、喜久男の殺害をもって同会社の事業の執行についてなされたものということはできないというべきである。

したがって、この点についての原告らの主張は理由がない。

(六)  訴外会社の債務不履行責任について

原告らの訴外会社に喜久男との雇傭契約上の安全保証ないし安全配慮義務違反があった旨の主張について判断する。

喜久男と訴外会社との間に雇傭契約が存在したことは前記のとおりであるから、訴外会社は、その被用者たる喜久男に対し、雇傭契約の付随義務として、訴外会社が被用者の雇傭契約上の労務提供のために設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置、管理又は被用者が訴外会社もしくは上司の指示のもとに遂行する業務の管理に当たって、被用者の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負うものである。

ところで、被用者は雇傭契約上使用者の指揮命令の下に労務に服する義務を負うものであり、使用者の右安全配慮義務は、被用者が右雇傭契約上の義務を安んじて誠実に履行することができるよう信義則上負う義務があるから、右義務を履行するについて使用者が配慮すべき危険とは当該被用者に従事させる業務の遂行に内在するものであり、右業務遂行について通常予測される危険であって、業務の遂行との間に客観的な相当因果関係の認められるものでなければならないというべきである。したがって、業務遂行との客観的相当因果関係のない危険による被害については、使用者は右安全配慮義務違反による債務不履行責任を問われることはないといわざるを得ない。喜久男の殺害は、前記のとおり、訴外会社の営業資金を獲得するために、同会社の行事である従業員慰安旅行の機会を利用してなされたものであるが、使用者が営業資金を捻出するため保険金詐取の目的で従業員を殺害するというようなことは喜久男が従事していた訴外会社の業務の遂行の過程において通常生じ得るものであるとは到底認められず、他にも、喜久男の殺害が、訴外会社において喜久男の従事していた業務に内在する危険を利用してなされたことを認めるべき証拠はない。

したがって、喜久男の死亡は訴外会社において喜久男の従事していた業務の遂行と客観的な相当因果関係の認められる危険により生じたものということはできないから、訴外会社には雇傭契約上の安全配慮義務違反があるとする原告らの主張は理由がない。

(七)  以上のとおりであるから、原告らが訴外会社に対し損害賠償請求権を有する旨の原告らの主張は、いずれも理由がない。

二  よって、原告らが訴外会社に対して有する損害賠償請求権を保全するため、訴外会社に代位して提起した本件訴えは、その余の点について判断するまでもなく、原告適格を欠く不適法なものといわざるを得ない。

三  よって、本件訴えはいずれもこれを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 菊池信男 裁判官 遠山和光 林道晴)

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